ツジコー株式会社 辻 昭久社長
SDGsは蝶を目指す?
SDGsと「蝶」は相性がいい。
そのわけを話すまえに、ひとつ確認しておこう。
学生たちに「SDGsってなに?」と質問すると、多くが「SDGsとは2015年の国連総会において採択された“SustainableDevelopment Goals”すなわち持続可能な開発のための目標のことである」と答える。
そのとおり。といいたいところだが、この答案は「当たらずといえども遠からず」。当時採択されたのは『Transforming our world:the 2030 Agenda for Sus-tainable Development(我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ)』であって、SDGsそのものが採択されたわけではないのである。
アジェンダでは、「変革」を指す語として「Transforming」が使われている。同様の意味をもつ英単語には例えば「Change」があるが、アジェンダが採用したのは「Transforming」のほうだ。
「Change」には「服の着替え」や「電車の乗り換え」というように「AからBへの切り替え・交替」というニュアンスがある。これに対して「Transform」はものごとを「原形をとどめないほどに変えること」という意味合いが強い。つまり2030アジェンダは世界を単純に「取り替える」とか「お色直しする」ということではなく、「土台からすっかり作りかえる」くらいの決意をもって採択されたのである。
さて、「SDGsと蝶」である。
「Transform」と聞いて思い浮かぶのが「蝶」である。幼虫がさなぎになり、やがて蝶になる。はじめのイモムシからは想像もできない姿になる。2030アジェンダとその中核をなすSDGsはまさにそのような変革を成し遂げようと呼びかけている。
バタフライピー
ところで、ここに、SDGsと蝶のどちらとも相性のいい会社がある。ツジコー株式会社である。
その名も「バタフライピー(蝶豆)」という植物を扱った事業で注目を集める。
同社がSDGsとも蝶とも相性がいいというのは、単に蝶の名を冠する植物を扱っているからだけではない。同社は現在事業再構築、すなわち「Transform」のただなかにあり、さらにその事業によってアジアの国に仕事をつくり、障がい者の雇用を生み出すなど、社会変革にも寄与している。そういう会社だからである。
昭和38年創業。大手電機メーカの協力会社として照明器具の設計・製造や家電部品の加工などを行っていたが、リーマンショックを機に、培ってきた技術を活かしながらもまったく分野の異なる植物工場の立ち上げ、そして食品原料生産装置の開発などに挑戦し、当初の「電気機械器具製造業」から今や「食料品(原料)製造業」へと生まれ変わりつつある。
転機は2014年、JICA(国際協力機構)事業を通して「バタフライピー」を「発見」したことである。舞台はラオス。「ちょうどそのころ植物工場に惚れて入社してきた若い社員がいたんです。ラオス行きを打診したら、二つ返事で“行きます!”というので早速派遣しました」と辻昭久社長。彼が現地の伝統薬草研究所と組んで1年間、くまなく調査するなかで、ビジネス展開が期待できる植物のひとつとしてそれは見出されたのである。
「バタフライピー」は熱帯アジア原産の植物である。現在では東南アジアを中心に熱帯・亜熱帯地域で栽培されている。「アーユルヴェーダ(インド・スリランカの伝統医療)」にも登場する伝統的な植物で、古くからハーブティーなどの用途があるが、特徴はなんといってもその花弁から美しい青色が抽出できること。現地ではこの花のしぼり汁を菓子の染料に使うこともあるという。ここに目を付けた。
青の可能性 幸せの青
じつは食品用の着色料で青色には天然由来のものがなく「最後に残された色」と言われていた。合成着色・添加物着色からナチュラルで安全な着色へという潮流のなか、ニーズは世界中にある。研究・開発を重ね、2017年、天然由来の青色着色粉末「バタフライピーパウダー」の開発に成功する。
食品着色料には安全で機能的であることに加え、色あせないことや耐熱性があることなども求められる。バタフライピーも普通に粉末化しただけでは灰色になってしまうところ、同社独自の低温乾燥・非加熱殺菌技術を用いることで、色あせることのないあざやかな青をはじめて実現したのである。
青は誠実さや信頼、平和、安心安全を象徴する色として各国の国旗や企業のロゴマークなどに使われている。国連の旗も青である。またヨーロッパでは「幸せを呼ぶ色」とも言われている。
多用されていながら、世にまだなかった「食品の青」。国際見本市に出展したところ当然ながら注目を集め、世界のトップ企業からも次々引き合いがあった。国内では「幸せを呼ぶ青い〇〇」としてブランド展開を図っており、2020年に売り出した「幸せを呼ぶ青いチョコレート」はバレンタインのヒット商品になった。
と、それだけなら単に一企業のビジネス「Change」のエピソードである。同社がまさにSDGs的「Transform」を体現していると言えるのは、これらのことを、モノづくりの成功ばなしで終わらせるのではなく、モノづくり企業としての本業を通じて、社会変革を実現しようとしているからだ。
誰も取り残さないビジネスを
飛躍が見込まれるバタフライピーだが、「幸せを呼ぶ青」と言いながら、それをつくる過程で搾取があっては話にならない。一部少数の者だけが富み、大多数が取り残されるようなシステムでは意味がない。そこで同社は人口の7割近くが農業に従事するラオスの、農薬の使用履歴がない安全な農地で、現地農家の支援にもつながるしくみを構築することにした。
「東南アジア最後の秘境」とも呼ばれるラオス…と言えば聞こえはいいが、実情は国連が指定する世界最貧国の一つである。「ケミカルフリーの農園」というのも開発から取り残された結果、あるいは農薬や化学肥料を買うこともできないほどの農家の貧しさゆえとも言える。そんな国で世界標準の有機農業を促進し、6次産業化を支援する。
「各農家の庭先で栽培してもらったものを買い取ることで、より多くの人びとの暮らしがよくなっていく。そんな仕組みをつくりたい」と辻社長。同国では仕事を求めて若者がタイに出稼ぎに行くことも多いのだが、同社の契約農家になったことで息子が戻ってきた家もあるという。
障がい者への差別が未だ根強いことを知り、現地で活動する日本のNPOとのパートナーシップにより、障がい者を雇用し経済基盤を提供することで彼らの社会的地位の向上をはかることにした。「この事業を通してはじめて知りましたが、日本のNPOはいま、世界中で活躍している。すごいです」。
さらに同社は生物多様性を守るため、現地事業に際しては名古屋議定書に準拠することを掲げている。自国が議長国となって決めたルールを、同社のように経営に取り込んでいる企業はどれくらいあるだろう。
ことのはじまりはアジェンダの採択よりも前だから「SDGsを意識したことはありません」と社長はいうが、その取り組みは「環境・経済・社会の統合的向上」に向けた歩みそのものである。こうしたビジネスモデルにはWFP(国際連合世界食糧計画)も注目している。
広がる「青の幸せ」
ときに今年は、滋賀県民にはなじみ深い「びわ湖の日」40周年の記念の年だ(※)。滋賀県民にとって「青いもの」。それはもちろん「びわ湖」なのだが、かつてその湖面が赤潮に覆われ、人びとの顔が青ざめた日のあることを忘れてはいけない。
びわ湖の青は、人びとが努力して取り戻したものであり、協力して守っていかねばならないものだ。びわ湖が青くあることは、それを取り巻く自然と暮らしがすこやかであるということであり、すなわち「青はびわ湖の幸せの色」でもあるわけだ。
遠く離れたアジアの国での日本の、滋賀の企業の羽ばたきが―まるでびわ湖のさざ波のように―世界に「青の幸せ」を広げつつある。世にこれを「バタフライ効果」という。
SDGsと蝶はやっぱり相性がいいのである。
※【びわ湖の日・7月1日】「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例」が施行されて1周年となったのを記念して1981年に制定された。「せっけん運動」など、県民一丸となって琵琶湖の環境問題に向き合った事実と思いを受け継ぎ共有する日として定着している。
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