株式会社人機一体 代表取締役 社長 金岡博士
ヒトと機械のシナジーを生み出す
どこにもありそうな住宅街の一画にある「秘密基地」で、今最も注目されるロボット開発ベンチャー企業によって生み出されつつあるのは実は――誤解を恐れずに言えば――ロボットではない。
たとえば乗馬において、騎手は騎手、馬は馬、双方の能力が合わさり「人馬一体」のシナジーが生まれることで、ヒトだけでも馬だけでもなし得なかったことが出来るようになる。
まさにそのように、ヒトと機械の相乗効果、すなわち「人機一体」の作業を実現する「人型重機(人機)」の開発によって「あまねく世界から、フィジカル(物理的)な苦役を無用とする」こと。
株式会社人機一体(草津市)の目指すゴールだ。
「先端ロボット工学技術の社会実装」と聞くとつい、人間のように自在に二足歩行しながら、人間に代わって様々な仕事をこなしてくれる「人型(あるいはネコ型)ロボット」の姿を思い浮かべる。それは素朴で素直なイメージだ。けれど、ヒトに似ることや、ヒトのように行動できるようになることだけがロボットの未来なのではない。
金岡博士率いるチームが自社で生み出すその存在をあえて「人型ロボット」と呼ばずに「人機」と名付け、また「Man-Machine Synergy Effector(人間機械相乗効果器)」と定義するとき、そこに拓かれるのは「ヒトとロボットがともに自由になる未来」である。(図1)
ロボット工学技術の敗北
もともと先端ロボット工学の研究者として立命館大学に在籍していた金岡博士であるが、当時から「大学で研究されているような先端ロボット工学技術が十分に社会に役立てられていない」ことを課題に感じていた。
「工場の中で決まった動作をさせるのに比べて、いわゆる日常の物理学はとても難しい。キッチンに行ってコーヒーを入れて来る、という動作を自律的な形でロボットにさせるのは今でも難しく、それを開発の目的とするのであれば、確かに技術は未熟です。でも一方で、既に存在するロボット工学技術が十分活用できると思われる現場においてもそれは活用されず、人びとが苦役に従事している現実がある」。
そのように考えていた時に東日本大震災が発生する。
震災によって多くの人が物理的に困っていた。原発の事故処理にロボットが出動できるかというと、まったくその状況になかった。結局、被ばくすることが分かっているにも関わらず、ヒトがそこに出て行かざるを得なかった。
「これはロボット工学技術の敗北だと感じました」。
始動した社会実装プロジェクト
残念ながら、人びとが苦役を強いられる状況は現在も続いている。例えばインフラメンテナンス、とりわけ鉄道の保線作業の現場では、社会・経済活動の根幹を支える交通インフラの安全を守るため、未だ多くの人々が深夜の重作業に従事している。しかも近年では高齢化が進み、身体能力の低下に伴う作業員の健康と身の安全の確保にかかわる問題や保線技術の継承に関する題等が顕在化しつつある。
SDGsに照らして言えば、鉄道保線工事現場の現状は「目標8」が目指す「働きがいと経済成長との両立」が危うくなっており、今後の労働力人口減少のトレンドを考えれば、コンフリクトが生じかねない。
このような現場から無用な苦役を取り除き、また、誰もがさらに働きがいを感じられる現場にするため、同社は先ごろ、西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)、日本信号株式会社といった業界大手の企業とともに、高所重作業に人機を実装し、SDGsを実現するプロジェクトを始動させた。
汎用物理作業機械とは
ところで、正確に言うと、同社が開発を目指している人機は「汎用物理作業機械・プラットフォーム」であって、単なる作業用ロボットではない。金岡博士は次のように強調する。
「私たちの使命は「あらゆる苦役を無用のものとする」ために、広範な先端ロボット工学技術をすみやかに社会実装する流れをつくることです。その際重要なことは、それが「ロボット」と呼ばれるか否かではなく、「汎用物理作業機械」として、物理的なことであればなんでもできるという産業基盤、すなわちプラットフォームを構築することです」。
ではその「汎用物理作業機械・プラットフォーム」とは何か。理解するには、いわば「汎用情報処理機械・プラットフォーム」としてのコンピューターの開発・普及の歴史を思い返すと良い。
「今でこそ誰もがコンピューターで無数の便利なアプリケーションを使っていますが、それは「多様なアプリケーションを搭載出来るプラットフォームとしてのコンピューター」が存在するからです」。
コンピューターというプラットフォームの有用性に人々が気付くまでには時間がかかったが、一旦それができると、人々の創意工夫によって様々なアプリケーションが続々と登場してきた。
「ロボットの分野も現在、それと同様の混沌とした黎明期にあると思っています。物理作業機械においても、基盤となるプラットフォームが構築できれば、いろいろな企業や個人の工夫によって、様々な姿をしたロボットが開発されることでしょう」。
「汎用物理作業機械」というのはつまり、それが普及するようになれば、ひとりロボット産業のすそ野を広げるだけでなく、物理的な作業を伴うあらゆる産業がその基盤ごと一新されることになるような技術である。SDGsの9番目「産業と技術革新の基盤をつくろう」という目標をそれは体現するものだ。
人機が一層大きな自由を拓く
もし本当にあまねく現場で「人機一体」の活動が実現し、苦役が真に無用になるなら、われわれは新たな「自由」を手に入れる。仕事は早く安全にまた快適になり、生産性は劇的に高まるだろう。だが、それだけにとどまらない。実際に人機に会って、その開発者と話していると、彼らが生み出す技術によって拓かれるのは、「一層大きな自由(国連憲章、世界人権宣言等)」であると思えてくる。
哲学者西田幾多郎は「人間が環境を作り環境が人間を作る」と言い、人間と環境のそのような相互作用の場において「人間と環境とを結合し、やりとりをなかだちするのが技術である」と定義した。
環境とのやりとりに関してヒトは、生物のなかでも抜群の自由さと多彩さを誇る。それには「技術」の果たす役割が大きい。他の動物では環境とのやりとりがほぼ「本能的で身体の直接的な利用にとどまる」のに対して、ヒトは自ら生み出す「技術」によって、持って生まれた身体の制約を離れて環境とやりとりができる存在になった。
「物理的な能力を拡張するデバイスとしての人機が一般化することによって、人間にとってできることが広がっていきます。するとそれにともなって人間の自己認識も変わっていく。環境と人間とのインターフェースである技術が変わることによって、それにつながる政治や経済、さらには価値観も変わっていく」。
それはすなわち人類文化がそっくり変わるということだ。(図2)
「そういう意味では、われわれは人機を通じて次世代文化の基盤構築に寄与しているのかもしれません」。
人機があまねく普及する時、ヒトに関する常識・定義が塗り替えられるかもしれない。単なる技術革新ではなく、ヒトという存在自体の革新、もしくは「進化」がその時起きるかもしれない。
子供の夢を大人の知恵で
子どもの頃にあこがれた「秘密基地」という場のせいか、思いがけない方向へ話が広がってしまった。
そんな未来が本当に来るのだろうか。SDGsについてしばしば言われるように、子どもの夢物語、若者の青臭い理想論にとどまることはないのだろうか。いじわるな問いを向けてみた。
「夢物語や青臭い理想論ではなく、現実を知り、清濁併せのむのが大人だ、という考えもあるかもしれません。確かにその通りですが、もしそれが「夢物語や理想論は実現しないから忘れてしまえ」と解釈されるのであれば、それは違うと思います。われわれは何のために大人になったのか。「現実を嫌というほど知った上で、それでも、子供の夢と理想を、大人の知恵を駆使して実現する」。そのためなのではないでしょうか。ここには今、そのアイデアと技術があるのです」。
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