湖国で輝く企業を訪ねて ー 株式会社 ハートコンピューター ー
省力化、効率化で日本各地の酒造メーカーとそこに受け継がれる文化を守る
株式会社 ハートコンピューター/代表取締役社長 平井 正公 氏
30歳を超え、独学で始めたソフト開発
滋賀県北部に位置する長浜市木之本は、古くから交通の要衝として栄えた宿場町。この地で1988年にソフトウエアメーカーとして創業し、製造管理や販売管理の独自システムによって、いまや日本の酒造メーカーの約半数の酒造りを支えているのが、株式会社ハートコンピューターです。
代表取締役社長の平井正公氏は、木之本の地で代々商いを営む家に生まれ、明治のころまで街道を行きかう人のための唐笠や提灯を、また父の代からは電燈を手掛けるようになり、電器店を営んできました。
父の下で家業に就いた平井氏は「家電を仕入れて売るだけでなく、自分で作ったものを自分で販売したい」と考えるようになり、当時まだ黎明期だったパソコンを売るためにソフトウエアを学び始めます。30歳を超えて初めて触れたパソコンでしたが、勉強してすぐに地元の企業や役所の依頼を受けてアプリケーションを作るようになったといいます。
ただ、大きな売り上げにつながるようなものは既存のシステム開発企業がシェアを握っており、食い込む余地がほぼない状況でした。何とか入り込めるような市場はないかと試行錯誤するなか、たどり着いたのが酒造業界だったといいます。
商機となったのは複雑な「酒税法」
「自分の実力を思えば、ローカルに生きる道を見つけるしかない…」と考えた平井氏ですが、そのとき着目したのは地勢的なローカルではありませんでした。「日本に広がるビジネスをホリゾンタル(horizontal/水平的に)に見渡したなかで、業種的なローカルを見つけることが大切だと気づいたんです」。
とくに酒造りというのはニッチな産業でありながら、地域の文化を支えている業界でもあり、これをサポートするシステムをつくることができれば、ひいては日本文化の継承にも貢献できると考えました。
「調べてみると、酒税の計算式は明治維新のあと、大蔵官僚によって作られたもので非常に良くできていると感心しました。製造工程から製品として出荷するまでのすべてが数学的に計算できるようになっており、これをシステム化できれば大きな省力化になり、酒造メーカーの長年にわたるご苦労も軽減できるはずです」。
そこで伝手をたどって地元の酒造会社に頼み込み、酒造りを一から勉強することに。「もろみとは? 麹とは?」というところからのスタートでしたが、日本酒の市場縮小や人手不足が業界の課題となっているなか、「私の起業という以外にも、日本各地にある酒蔵や地域の文化を支える一助になれればという思いがあり、それを汲んでくださったことで杜氏にもご協力いただけたのだと思います」と振り返ります。
製造管理システムで酒造業界を省力・効率化
そうして起業から1年後の1989年に誕生したのが酒造業向け製造管理システム酉-2000「蔵内」です。3年後には酒造業向け販売管理システム酉-2000「五合」の開発・販売もスタートさせたことで、日本酒メーカーからは「納税前の5月の連休のころには1mℓ単位の計算が合うまで泊まり込みだったのに今年は休めた」「平井さんのおかげでややこしい計算から解放された」という声が寄せられるようになったそうです。
1994年には製造業向けの原価管理システムの受注製作を開始。酉-2000シリーズも数回にわたるシステムのバージョンアップを実施し、日本酒だけでなく、ワインやウイスキー、ビールなど酒造業界全体に同社のシステムは広がっていきました。2006年には大手の事業移管を受け、日本の酒造メーカーの半数に当たる600社に同社のシステムが導入されるようになり、保守サービスも充実させて、全国各地の顧客ニーズに応えています。
また、ソフトウエア開発といえば、納期やサポートのためにシステムエンジニアが寝ずに徹夜で作業…というのも当たり前とされてきた業界ですが、より付加価値の高いシステムを開発することで、同社では残業がほとんどなく、働き方改革も大きく進んでいます。2022年には「長浜市子育て応援表彰」を職場環境づくり部門で受賞し、男性・女性の区別なく育児休業制度を利用しています。
来る大規模知的革命に向けて各方面にアンテナを
近年とくに力を入れているのは、原価計算コンサルティングです。従来のような原材料中心の直接費をもとに原価を算出する計算方法は、人件費や間接費が増加している現代の酒造業にはそぐわなくなってきています。同社では、決算書に現れる数字だけではなく、実際の製造工程や作業過程、製成の情報を反映し、複数の配賦基準を組み合わせた原価計算を行っており、このノウハウを酒造以外に転用することも現在計画中です。また、長期的にはAIの市場動向を視野に入れておくことが必須という平井氏。「農耕が大きく変わったことを第一次革命、19世紀の産業革命を第二次革命と捉えると、今後AIを柱とする人類最大の知的第三次革命が必ず起こります。どう変わるか、先行きが見えないのがこの革命であり、どんな業界でも生き残れる企業は僅かだと危機感を持っています。視野を広げアンテナを張っておくことが重要です」。
変化に対応できるよう、社員のチャレンジを奨励しており、社内表彰制度や勉強会などにも力を入れ、どんなことでも意見を出し合える風通しの良い社内環境を社長自らが先陣を切って進めています。
産業構造の変化にも俊敏に対応し、柔軟な企業風土を培い続けること。それによって、まだ見ぬ一歩先に果敢に挑戦を続けています。
企業データ
本 社/滋賀県長浜市木之本町木之本1565
設 立/昭和63年(1988年)
従業員/29名
事業内容/酒造業向けシステム開発・販売・導入・保守
企業ポリシー
●お客様との出会いを大切に、新たな価値を創造する。
●企画から開発、販売、導入、保守まで包括的なサービスを。
●求められるものを提供するために変化に対応し、常にアップデート。